【おパリ1日目】Cathédrale Notre-Dame de Paris の荘厳さに震える
オルセー美術館からノートルダム大聖堂までは、セーヌ川沿いを散歩します。
今回は散歩なので、写真多めです📷
<セーヌ川散歩。暮らすように歩く>
マップの通り、だいたい30分の道のり。
散歩しながら、のどが渇いたので、大好きなoranginaを。飲む前に写真撮ればよかったです。が、あまりのおいしさに一気飲みしてしまいました。
ニッポンで売られているoranginaと少し味が違うんです、微妙に。果肉っぽいツブツブも入ってるし。わたしは地元おフランス産のoranginaが好きだわ~🙋
oranginaを飲みながら、セーヌ川の眺めながら、歩いていきます。
船を家として暮らしているかたたち。これは合法だそうな。
<シテ島>
ノートルダム大聖堂のあるシテ島は「パリ発祥の地」とも言われます。
さかのぼること紀元前250年頃、ケルト民族のパリシイ人がセーヌ川の中州に住み始めたのが始まり。
パリシイ人、パリシイ人、パリシャン。。。なんだとか。
ノートルダム大聖堂の敷地内に、「パリのゼロ地点」という所があるそうなのですが、私は見つけられませんでした… 次回チャレンジだ!!!
<おパリのノートルダム大聖堂>
目を凝らしてみると、細かい彫刻が大聖堂中に施されています。伝説の怪物「キマイラ」や「ガーコイル」もなんだか愛嬌があって可愛く見えます。
ノートルダム大聖堂といえば、映画、ミュージカルとしても有名な、ユゴー原作の『ノートルダム・ド・パリ(ノートルダムの鐘)』の舞台です。
わたし、おパリに行く前から、ユゴーの「ノートルダム・ド・パリ」を文庫本で読んでいるのですが、なかなか読み終わりません。読むのが遅いのもありますが、まだ上巻。小説を読了してから、訪れればまた違った感想を持てたのかなあ…と思ったり。
とにかく、私は途中までしか読み終えていなかったのですが、物語とはいえ、大聖堂の鐘が鳴った時は「カジモト」が鳴らしているのかもしれない!と思いました。
何世紀にもわたって、信仰の中心となったノートルダム大聖堂。そこには、破壊と再生の歴史があります。フランス革命時には彫刻が破壊されるなど多大な被害を受け、衰退の一途をたどったそう。
大聖堂の復活の成功には、ユゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」のヒットにより、国民の間でも復興の声が高まったそうです。
ユゴーの名作を生んだノートルダム大聖堂は、いつの時代もフランス国民とともに今日まで歩んできた。何世紀もの間パリの街を見守ってきた大聖堂からは、偉大な風格が漂っています。
<ラフマニノフの『鐘』と ノートルダム大聖堂>
この大聖堂を見るたび、必ず思い出す曲があります。ラフマニノフの『prelude(前奏曲)op.3 no.2 「鐘」』。
Evgeny Kissin Rachmaninoff Prelude Op 3 No 2 in C Sharp minor
この曲は、ロシア人の作曲家ラフマニノフが書いたもっとも有名なピアノ曲で、フィギュアスケートの浅田真央選手もソチオリンピックのときに使用された曲です。
何度、この曲が作られた背景などを調べても、ノートルダム大聖堂との関係性を見つけられなかったのに、私はいつも「ラフマニノフの『鐘』を聞けば、おパリのノートルダム大聖堂を思い出し、おパリのノートルダム大聖堂を見ると、ラフマニノフの『鐘』を思い出す」のです。
ラフマニノフの力強く、大きな鐘が響き渡っているように盛り上がってくる曲の中部と、ノートルダム大聖堂の荘厳で堂々とした佇まいがリンクしてしまうのだと思います。そして、「いつかラフマニノフの『鐘』を弾きたい」と、思う今日このごろです。
友人との待ち合わせがノートルダム大聖堂前だったので、友人を待ちながら眺めていました。
朝から活動しっぱなしだったので、マレ地区に向かってお茶しまーす🙌
merci
marie